2019/03/13 14:22



去年5月に発売された「おむすびのにぎりかた」。

この書籍を取り上げてくださったメディア、書店などの応援もあり、発売1ヶ月で増刷となりました。本当に嬉しく思います。


写真家・野口さとこさんと一緒においしいおむすびを求めて日本中あちこち回り、おいしいおむすびってなんだろう、ということをまじめに取り組んだ本です。

19人の人のおむすび。僧侶、作家、音楽家、杜氏など、専門分野でご活躍されている方が多かったのですが、それぞれのお話しを伺うと、おむすびのおいしさというのはその人の握る技術ではなく、記憶の中にあるもので、その人の心に密接に関係があるということが分かりました。その人が「おいしい」と思う先には、必ず物語があるのです。

おむすびの「見えない部分のおいしさのヒミツ」は、ぜひこの本を読んでいただければ、と思います。


去年12月に、この書籍のことを大同生命の冊子「one hour」に掲載したいということで、取材を受けました。

インタビューアーはコピーライターの竹川圭介さん。今まで2000人ぐらいのインタビューをしてきた方です。

取材は3時間以上となりました。時には私がインタビューアーになり、笑。話は死生観にも及びました。

竹川さんの、その記事の書き方、まとめ方が的確で素晴らしく、今までボンヤリと思っていたこともしっかりと文章で表されていて、読みながらハッと気が付かされることもあり、自分の生きる道というものを、彼の文章で再認識したわけです。

大同生命の企業向けの冊子で、一般には読めない記事ですが、許可をいただきましたので、全記事ご紹介いたします。




大同生命「one hour」3月号 ーこころのレシピー

ーおむすびが教えてくれたことー

  「あなたの“おむすびのにぎりかた”を見せてください」と、日本全国津々浦々、様々な人を訪ね歩いた創作野菜料理家の宮本しばにさんと写真家の野口さとこさん。

酒蔵の杜氏、僧侶、ガラス作家、イタリア料理のシェフ、ブラジル人歌手…。握られたおむすびは十人十色。けれど「どれも美味しくて、楽しい」と宮本さんは語ります。




おむすびは十人十色。その人自身が表れる

 おむすびって不思議です。「誰かのためではなく、自分が食べたいと思うおむすびを作ってください」とお願いすると、ご飯に具材を入れて握るだけなのに、味も形も大きさも、握る人によって全然違うおむすびができあがる。大袈裟に言えば、その人自身を象(かたど)った“オブジェ”になって表れるように思うのです。

 イタリア料理店を営んでおられるご夫婦に握っていただいたときのことでした。お二人とは旧知の間柄ですから、ある程度は性格も知っています。どんなおむすびになるのかと眺めていると、ご主人は俵型の可愛いおむすびで、奥さまは三角の中心に大胆に具材を入れた豪快なおむすび。それぞれ、繊細で丁寧な彼らしさと、おおらかで何でも包み込んでしまうような彼女らしさが、あまりにも見事に表れていてビックリしてしまいました。

 おむすびには記憶も宿ります。ある方が話してくれた思い出が印象的でした。その方のお母さまは、朝、念入りにお化粧をした手で握るため、おむすびはいつも化粧品の香りがしたそうです。そして大人になって上京し、初めて市販のおむすびを食べたときに「なんて味気ないんだ」って(笑)。その方にとって一番美味しいおむすびは、誰が何と言おうと、母親が握ってくれた化粧品の香りがするおむすびなのです。

 お店で提供するとなると別ですが、本来、料理って「こうあるべき」なんてないんですよね。点数や優劣をつけるのであれば、基準は万人の平均点ではなく、個人の価値観にあるはずです。そして、おむすびがどんな形だっていいように、生き方も人それぞれでいい。そのことを、おむすびは“料理家”の私に気づかせてくれました。



レシピの先にある、見えない“何か”を伝えたい

 私がおむすびの取材を始めたきっかけの一つは、がんでした。死も覚悟した乳がんでしたが約8年前に寛解(かんかい *下記注釈)し、それからの人生が本当に一変したのです。まず、私の“生きることへの意識”が変わりました。振り返ると、がんになるまでの私は、生きていたけど「自分を生きていなかった」と思います。何かをしようとしても、不安や心配事が先に立ったり、私には無理だからと卑下してみたり、自分で自分に足枷(あしかせ)をはめて。おむすびを「こうあるべき」と考えるように、自分の行動が「ねばならぬ」という思考で縛られていました。

 ですから、料理家として仕事をしていても「この人は何を美味しいと感じるだろうか」と相手を思いやることに固執して、いつの間にか“私の食べたいもの”が分からなくなっている自分がいた…。そのことに気づいたときは愕然としました。それで「レシピ、レシピ」と“形”に追われてしまう料理教室は休止して「自分が今この瞬間に、食べたいものは何か、したいことは何か」を探すことにしました。がんのおかげで「これから失敗しようが、道を間違えようが、私は生きてる」と、いい意味で開き直って“生きなおす”勇気が生まれたんですね。その勇気によって、何の伝手(つて)がなくても、会いたいと思う人にためらわず会いに行けるようになり、たくさんの素敵な出会いを経験しました。その一人が、写真家の野口さとこさん。意気投合して、私のレシピ本の写真をお願いしたりしながら「一緒に何かしたいね」と話しているうちに見つけたのが、おむすびを巡る旅だったのです。





おむすび巡りに一区切りついた今、私が伝えたいのは“レシピ”には書けないものです。

「2歳の子どもが見よう見まねで握ったおむすびが、どうしてこんなに美味しいのだろう」「普段、笑顔を見せることのない奥さまが、子どもとおむすびを握りながら無邪気に笑ってる」「お茶碗一杯で満腹になる人が、おむすびを2個、3個と頬張っている」「そして私自身が握ったおむすびは、亡き母のおむすびにそっくりだ」。

そんな、目には見えないけれど大切な“何か”です。おむすびを握って、食べて、笑って、語らっている人たちを見ていると、料理は“心だ”って言葉は本当だなと実感させられます。同じように、台所で使う料理道具から、作り手の心を感じることもあります。そういう道具で作った料理のほうが美味しいと感じるのは、きっと“気のせい”ではないと思います。見えない心を、人に伝えるのは難しいことなのですが…。

ぜひ一度、誰かに食べてもらうためではなく、自分のためにおむすびを握ってみてください。レシピ本やレシピサイトを覗かず、自分の思うがままに。仮に「塩加減を失敗したな」と感じても、きっと笑顔になっている自分に気づくはずですから。

*注釈:一般的に「病状が落ち着いており、臨床的に問題がないところまで状態が良くなること」を意味する。


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